Coccoと私の友人

「大丈夫であるように ー Cocco終らない旅」の映画を観た。いつまでもいつまでも観ていたいと思う映画だ。映画を見終わった今、ずっとここに座ってCoccoの感性を感じていたいと感じている。


コッコは沖縄出身の唄のアーティスト。その異様に細すぎる体は完全に拒食症だし、左手にはリストカットの跡があるし、彼女の目は見えない世界をいつも見ている人特有の目をしてて、いつもぎりぎりなボーダーラインで生きている感じが痛々しくもあり、美しくもあり、私は彼女の姿に揺さぶられる。


映画の中で「10代はいつも死にたいと思っていた」と彼女。今は30代になった彼女がコンサート中に叫ぶシーン。「みんなに言いたいことはひとつだけ・・・ 生きろ〜!生きろ〜!生きろ〜!」


今日は、コッコともう一人、私の友人のことを思ってた。
彼女・・・もう4年前になるかな?
22歳の若さで自殺した私の友人。


「元気? 元気かい? 今どこにいるの?」


新宿駅をガッガッと歩きながら、急になぜか彼女を思い出してとっさに心の中で叫ぶ。


昔彼女に「京子さんの歩き方は戦っている人の歩き方だね」と笑いながら言われたのを思い出し、歩調を少しゆるめる。


「元気かい? どこにいるの?」


心の目で、彼女が低い層の沼みたいなとこで絡まって這い上がれない姿でいるのを見てとる。


「京子さん」 と苦笑いしながら彼女がこっちを見る。


「そこにいるんだ」


「うん・・・」


彼女は若くしていろんなものが痛々しいまでに見えてたんだろうな・・・。生きるのが本当にしんどそうだった。息をするのも絶え絶えな感じだった。摂食障害でリストカットをくり返し(しかもハサミで)、死にたいをくり返してた。


彼女は、元々私のクライアントでもあった。彼女の相談にのるうちに、私は次第にもうなにも言う言葉がなくなっていった。私は彼女に対してやれることがないことを認めたとたん、なにか大切なものを彼女からたくさんもらっていることに気がついた。彼女といると、たくさん心が振るえた。たくさん、たくさん・・・。


彼女の一人暮らしの部屋に一回だけ行ったことがある。空っぽの押し入れには、彼女がいままでに描いたたくさんの絵だけがあった。鬼や魔物の顔をしている人達のモノクロの変な絵。彼女に見えている世界。


いつしか、彼女の絵が明るくなった。水彩で色彩豊かに淡い美しいタッチの絵。彼女にはずっと通っているカウンセラーも、お父さん役をしてくれる整体の先生もいた。みんながそんな彼女をもう大丈夫だと思いはじめていた。


彼女が睡眠薬を飲んでもう戻れない決断をしたのは、そんな矢先だった。


みんな、不思議なくらい彼女の決断を静かに受け入れた。私も、もう彼女に会えないのは悲しかったけど、自分で死ぬことを選ぶ生き方もあるんだなと不思議なくらい受け入れられた。


誰よりも彼女が生きることを頑張ってたのをみんな知ってたから、よくここまで頑張ったねとみんなが思ってた。


彼女が死んだ当初、彼女は風になっていろんなとこを自由に飛び回っている感じがした。やっと重い呪縛から解放されて、風になれたんだと感じた。生きてるときよりも彼女を身近に感じた。


自殺する人が、その後において容易でないのを、私はセッションで何度も見ている。
でも、彼女は風になって自由になったんだ・・・


私は今までそう思ってた。でも、今日感じた彼女は違ってた。


彼女も暗い重いところにいるんだ、他の自殺者がそうであるように・・・
思えば思うほど、それは私の中でリアルになる。


いいや、彼女は風になって自由を手にしているんだ!
そう思えば、またそれもリアルに息づきだす。


実際のことは私にはわからない・・・


私は彼女に語りかける


「どこにいても生きていてね」

 

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